今週のコラム
IFLHP管理人のTOMOが好き勝手に世の中を斬る。
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「健康ってありがたい ~少し昔の話~」(発病編)
結婚式貧乏・コラムニスタTOMOでございます

広く浅くをモットーとした友人関係を築いていた若かりし頃のTOMO

漠然と、「オレって結婚式呼ばれることってあるんかなぁ?」思っていた。
さらに「オレって結婚式で呼べる友達おるんかなぁ?」とも思っていた。

しかし、実際、適齢期になると呼ばれるは呼ばれるは!
26歳から年4~5回ペース。
呼んでいただけるという喜び
大枚が羽を生やして去っていくせつなさ

それでも、呼ばれるということは自分の時に呼べるということ!

おかげ、3テーブルも友人で固めることができ、楽しい式ができた。ありがとう!

しかし結婚後に気づいたこと、
嫁も結婚式によく呼ばれる人だった。

31歳になった今でも、2人合計で年4~6回ペース・・・
いつまで続くのか、嬉しいことだが、苦しくもある。

それでも、呼ばれたら喜んで行きたいッス!
しっかりお金貯めま~す!

これから結婚する人!早めに言ってや~!

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(前回の続きから)

年月は流れ


1999年 ノストラダムが話題をさらった運命の年

そんなTOMOも大学を卒業し、無事就職。

すると、学生時のように時間は無いが、金は残るようになる。
時間が無いからお金もあまり使わなくなる。

すると途端に食生活がおかしくなる。
相変わらず主食は「ホカ弁」
しかし、以前は普通サイズの弁当がメインで、たまに「ご飯大盛り」くらいだったのが、
「から揚げ弁当」に当然の「ご飯大盛り」、さらに「味噌汁」、「サラダ」、それに加え「とんかつのみ」をオーダー
もちろんビールも常備。

昼メシも他のスタッフが400円で腹がふくれる弁当(お惣菜)を、800円くらい食べる。


食が細く、食べれずに苦しんだ幼少期
貧乏学生(飲み会が多すぎ)で食べれずに苦しんだ学生時代、

胃腸的にも、金銭的にも食べれるようになったTOMOは
短い春を謳歌するように、暴飲・暴食ロードをまっしぐら!

しかしその時は確実に近づいていた・・・


1999年12月28日
「ミレニアムの夜明け」・「Y2K問題」・「検証ノストラダムス」に沸く年の瀬

その日は仕事納め

29日より実家へ帰省する予定にしていたTOMOは仕事終わりに
友達と待ち合わせ、2人でこじんまりと忘年会を行う。


しかし、この日ばかりはなぜか、食も酒もすすまない。
頼んだ定食の4割を残し、ビールも1杯飲みきらない・・・

友人「どないしたん?」
「わからんけど、あんま食欲ないみたい・・・」
「年末忙しかったから、疲れがでとるんかも?」
友人「ほな、はやめにきりあげようか?」

この時点では取るに足りない出来事。
「まぁゆっくり寝れば、大丈夫やろ~」っと高を括って早めの就寝・・・
明日の昼には機上の人・・・


1999年 12月29日 朝

目覚めとともに軽い腹痛を感じる。

「腹痛!昨日あまり食べんかったから腹へって胃酸ができすとるんかな?」
「ひとまず、2度寝しよう~」
この頃は朝を食べないのでもう一眠り・・・

昼前、腹痛で目が覚める。
「アカン、さっきより痛なっとう・・・」

実家で連絡し、「ちょっと、調子が悪いから帰省は明日にする。」
今日は1日、家で安静にしよう。

空腹感を感じるも、今日から帰省予定だったため家には食べ物がない。
冷蔵庫からスープ缶(ホテルオークラとかのおいしいスープの缶)を見つけ、温めて飲む。

2口3口飲んだだけで、気持ち悪くなり吐く・・・

いよいよやばくなってきた。

それでも、まだ様子をみようとするTOMO。

昼の12時より始まった「あいのり」スペシャル(再放送)を見始め、
気を紛らわす・・・

15時に「あいのり」終了。
水を飲む・・・うげーーー。
また、吐く。

こらアカン・・・
病院行こう・・・(って言うか早よ行け!)

車で近くの町医者へ

少し体を動かしたせいか、腹痛は断続的に激痛に変化。

病院になんとか到着
あまりの痛みで座っていられず、病院の椅子に倒れこむ。

あまりの症状に、順番を早めてもらい診察
ひとまず痛み止めをうってもらい、ベットに横になる。

30分たっても痛みは引くどころか、増す一方。
医師も手に負えないのか
医師「ここでは、治療が難しいので大きい病院へ行ってください」
医師「自分でいけますか?」
「無理です・・・」(って言うか痛くてノタウチ回っているのに自力で行けるかぁ!)

救急車で大きい病院へ搬送
救急車のなかで、救急士の方が痛みを少しでも緩和しようとして、腰をマッサージしてくれる。

「めっちゃ!気持ちいい、痛み引いてきた」(心でつぶやく)

しかし、冷静になると、このままマッサージだけで痛みが取れたら、
何のために救急車で運ばれとるんやろ?
うぁ、さぶ!オレが大げさ過ぎたんか?

病院へ到着
嬉しいのか悲しいのか、激痛復活!
「ふぅ~よかった」ってアカンやん。

問診・検査等でどうやら「食あたり」らしいとのこと。
医師「熱が出てますので間違いないと思います。今日一晩安静にして、明日から食事を取ってみましょう」

初・入院・・・
しかも6人部屋
夜はじいさん達が「うぇ、うぇ、はぁ、はぁ」言ってます。

ちなみTOMOそれどころではなく、腹痛は引いたものの
高熱で体がだるい。

12月30日 朝
腹痛は引いたまま。
よし、朝飯を食う。
一口食べただけで吐く・・・

そこからまた腹痛、さらに、熱も上がる。

少し落ち着いた頃、一応実家に電話をかける
「今日帰る言ってたけど、食あたりで入院したんで今回は帰らん。・・・ん・・・。あぁ~大丈夫。明日には退院してるんじゃない」


その晩、高熱のせいか、記憶が曖昧でおぼえていません。
ただ、うなって寝てたような・・・。
気が付いたら朝だったって感じです。


12月31日 大晦日
同様に朝飯が出るが、食べると吐き、熱はさらにあがる。
医者「どうやら、食あたりではなかったようです。」(っていうか誤診???)
医者「外科的治療が必要な可能性がありますので総合病院へ移っていただきます」
この時点ではじめてここが内科専門病院であることに気が付きました
しかも外科的治療? → 手術???
サイアク・・・!


昼過ぎ、転院

1999年最後の日に救急車で搬送されるTOMO

痛みを堪え、あらゆる検査を受ける。(MRI、エコーなど)

病名「急性膵炎(すいえん)」であろう・・・(ってまた予測・・・ほんまかいな!)
医者「原因はまだわかっていませんので、今後さらに治療しながら調べていきましょう」


その日から、完全絶食。食事どころか水分もだめ。
とにかく口から摂取することを禁じられたのだ。

栄養補給は点滴から、しかも24時間点滴。


その晩、実家と会社に詳細を連絡。
上司「はぁ~?、お前実家に帰っとったんやなかったんか?大丈夫なんか?」
「大丈夫ではないようです。すみません」
上司「退院は?」
「いつになるか検討がつきません・・・」


その夜、
世界中でミレニアムを祝う花火が打ちあがり
Y2Kと呼ばれた2000年問題で会社に張り付くサラリーマンがいて
いつもと変わらない年越しを迎える人がいる


その中、TOMOはベットの上で、原因不明の病気で高熱を発し、発作のように腹痛に襲われ、
「死ぬかもしれん・・・」と漠然とした不安感の中


2000年を迎えた。

(入院編に続く)
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Author:tomoiju
名前:TOMO
役職:IFLHP管理人
ニックネーム:エセ関西人
所属:IFL ブラオヴィーゼ諫早
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苦手プレー:褒められる・つっこまれる



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